僕は、モバイル活用・ケータイ活用っていうのは、いい加減、三多摩チバラギのPC持ってないヤンキー向けじゃなくって、もっと生産性を向上させたいホワイトカラービジネスマンの武器っていう位置づけになってほしいと思うよ。というか、欧米でのモバイルコンピューティングというのは常にそういう位置づけだったと思うんだけど、日本のブラウザフォンビジネスの功罪ってのは、なんぼ着メロや待ち受け画面みたいなカンタンなコンテンツであっても、それがITソリューションであるという意識を排除して、工業製品的な産業として成立させてしまったことだと思う。つまり、本来は人の要求・欲求に応じて、カスタマイズ可能なサービスを提供すべきところを、薄利多売の量産モデルにしてしまったところなんだよね。
ところが、現代社会では、量産モデルに反応する人っていうのは、消費者としての成熟度が低い層になってしまうから、必然的にヤンキー向けの商売になっちゃう。結果的に、ケータイサービスのほとんどは、この国のホワイトカラービジネスマンの労働生産性を向上させるツールになんかなってないし。

一番唖然としちゃうのは、もっと労働生産性を向上させないといけないビジネスマン全般に、ケータイを自らの武器にできるっていう発想自体が薄いことなんだよ。
仮に、B2C的に企業から提供されるコンテンツ・サービスが前記のような有様であっても、今のケータイは性能が高いから、各人が工夫すれば、ホワイトカラー労働生産性向上のための格好の武器として、自分なりの使い方を考案することはいくらでもできる。ところが、こういうことをやってる人は本当に少ない。iモードだって、上手く使えばかなりイケるはずなんだけど、コレって一体どういうことなんだい?

column (via yuco)

根本的な原因は「日本企業では個人が生産性を向上させても評価されない(QCのような集団的な向上なら集団として評価される)」という点にあると見るが。似たような話は iPhoneとケータイの差 にも書いたことがある。

(via raurublock)